協力雇用主の声
少年院生の社会復帰と職業人生の扉を示す
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静岡県鉄筋業協同組合の出前講座
駿府学園における職業体験講座
2022年6月13~14日、静岡市葵区の少年院「駿府学園」で在院生を対象とした職業体験講座が開催されました。講師は静岡県鉄筋業協同組合に所属する10名の理事・組合員。建造物の骨組みとなる鉄筋業のイロハ、建設業界のしくみや工事現場のルール、鉄筋施工技能検定3級のカリキュラムによる実技体験等を10名の在院生に指導しました。出前講座は保護司会や雇用主会からの依頼で10年前に始まり、年3回開催しています。
“社長になれる仕事”
初日は組合副理事長の久野鉄也氏(㈱久野鉄筋代表取締役)が建設事業の解説、給与所得者と個人事業者の違い、会社選びのポイント等を説明し、グループワークでは浴室清掃業務を例に、作業現場における危機管理を考え、発表してもらいました。
「この仕事に就いて一番良かったのは、独立できる、社長になれるということ」と明言する久野氏。自身の経験を踏まえ、職業人生のロードマップとして、
① 仕事を覚える・・・5年以上かかるが、経験を積めば、図面を見ただけで必要な部品の種類と数を瞬時に判断できるようになる。
② 人脈をつくる・・・職場の外で同業者や建設業界、あるいはまったく違う業種の人とつながりを持つことが肝要。
③ パートナーをつくる・・・信頼の置ける右腕が必要不可欠。
④ 独立・・・役所や税務署への届出が必要不可欠。
⑤ 建設業許可証を取る・・・5年の実績で許可証が取れる。なければ500万円以下の仕事しか受注できない。
⑥ 自社工場・事務所を持つ・・・実績と信用が付けば金融機関からの借入れも可能。社内で機械を導入でき、原材料管理ができればコスト面でも有利に。
⑦ 会社を大きくする・・・営業力を付けるため、顧客との“呑みニケーション”も大切に。
と具体的に順を追って示し、在院生の関心を集めました。
続いて会員の長尾光洋氏(㈱創源社専務取締役)が自身の体験談を披露しました。19歳の時に新潟の少年院で1年間過ごし、教官の「退院しても昔の仲間とは絶対に会うな」との教えを胸に、幼なじみだった久野氏の紹介で建設業に就き、24歳で独立。試行錯誤を繰り返し、会社を手放すことになったものの、現在の会社から声が掛かり、今では社長の右腕に。「少年院は“ここに来たら終わり”じゃない、たくさんの気づきが得られる場所」「自分が今、こうしていられるのは、仕事で得た人脈のおかげ。昔の仲間とは“もう会わない”と断言できる強さを持って欲しい」と語りかける言葉には、経験者としての深い思いが伝わるようでした。
目立たなくとも、なくてはならない存在に
2日目は体育館と中庭で、鉄筋コンクリート建造物の基礎鉄筋を組み立てる作業の実技指導。高校生でも受験可能という鉄筋施工技能検定3級のカリキュラムを使い、柱筋同士を針金で留め合わせる作業と、つなぎボルトの圧接作業を9名の組合員が指導しました。
指導内容は、一般の高校向けの出前講座とまったく同じ。人材不足が続く建設業界に少しでも関心を持ってもらいたいと、手順やコツを丁寧に教え、在院生も慣れない工具に手惑いながらも、真剣なまなざしで作業に取り組んでいました。久野氏は「鉄筋はコンクリートの中に隠れてしまい、目に見えない存在ですが、建造物には無くてはならない重要なもの。そういう存在が社会を支えていることを知ってもらいたいですね」と力を込めます。
2日間で6時間のカリキュラムをこなし、検定3級試験の受験資格は得るわけですが、試験そのものが年1回しか実施されないため、指導した彼らが実際に受験し、資格が取得できたかどうか、組合側では把握できません。
「外国人労働者にはいつでも受験の機会が与えられている。ここでも出前講座の延長で試験を実施できれば、彼らのモチベーションも高まるはず。なんとかならないものかと歯がゆく思います」と久野氏。「組合挙げての出前講座は、この仕事を職業選択の一つにしてもらいたいと願う一心で続けています。20年30年後、ここに講師として戻ってくる院生が一人でもいたら嬉しい」とエールを送りました。
駿府学園の役割
駿府学園は昭和15年(1940)、静岡少年保護協会「狩野修練道場」として設立し、戦後、多摩少年院静岡出張所として再スタート。昭和52年(1977)には短期処遇実施施設の指定を受けました。2022年4月現在、全国に46ヵ所ある少年院のうち、同園と有明高原寮(長野県)の2ヵ所が関東甲信越及び静岡県内にある男子の短期処遇施設(在院標準140日・6カ月以内)となっています。
駿府学園では関東甲信越各都県および静岡県の家庭裁判所で少年院送致の決定を受け、かつ短期処遇勧告があった17歳~20歳未満の男子を収容しています。140日という限られた期間で充実した矯正教育を実施するため、職業生活への適応力涵養を目的に、今回の鉄筋業講座をはじめ、茶摘み体験、農耕実習、体育祭、学園祭等さまざまな取組みを行っています。特殊詐欺で高齢者を騙した子にあえて老人施設の保守作業に行かせることも。有明高原寮で勤務経験もある佐野雅之園長は「社会に出てから自分の出番、自分の居場所を見つける力を付けるため、140日を意味ある期間にしてもらいたい。長い人生のうちのたった140日ですから」と力を込め、県鉄筋業協同組合の年3回の講座に厚い期待を寄せています。
静岡県鉄筋業協同組合
静岡県静岡市葵区紺屋町1-9 TEL 054-255-4400 FAX 054-255-4401
法務省 駿府学園
静岡県静岡市葵区内牧118 TEL 054-296-1661 FAX 054-296-1662
インタビュー・文・写真/鈴木真弓
フリーライター
静岡市出身・在住
静岡県の地域産業、歴史文化等の取材執筆歴35年
得意分野は、地酒、農業、禅文化、福祉ほか