協力雇用主の声
少年たちが生き直せる社会に向けて
File.9
中村すえこ氏(東京都)
作家、映画監督
静岡県就労支援事業者機構が2024年9月25日に開催した就労支援研修会では、少年院で出会ったZ世代の少年達の姿を追ったドキュメンタリー映画『記憶2―少年たちの追憶と贖罪』の上映を行い、監督・監修を務めた中村すえこ氏のトークイベントを開催しました。会場のAOI静岡音楽館講堂には126名の機構会員・関係者が集まり、外からはなかなか窺い知れない少年院での矯正教育の様子や出院後の少年たちの実態に、真剣に見入っていました。
中村氏は2021年の就労支援研修会で、女子少年院を退院した4人の少女の姿を追ったドキュメンタリー映画『記憶-少年院の少女たちの未来への軌跡』の上映&トークイベント、2022年に同映画の上映&パネルディスカッションにお越しいただいて以来、3度目の来静。少年少女を取り巻く環境や非行の原因分析、更生に向けて大人たちが成すべき役割等について、ご自身の体験に基づいたリアルなアドバイスをいただきました。研修会終了後は会場をホテルアソシア1階パーゴラに移し、中村氏を交えて会員交流会を開催しました。
前回同様、トークイベントの内容を編集し、ご紹介します。(文・写真/鈴木真弓)
(中村すえこ氏 プロフィール)
15 才でレディースの総長になるなど、自らの波乱の半生を綴った『紫の青春 恋と喧嘩と特攻服』で 2008 年に作家デビュー。少年院経験者自らによる少年院出院者の社会復帰を支える NPO 法人「セカンドチャンス!」の創設メンバーとなり、自らも少年院出身者として講演活動などを続け、その活動様子が TBS「報道特集」他各メディアで特集された。
2011 年 5 月に著書が『ハードライフ〜紫の青春 恋と喧嘩と特攻服〜』として映画化。2019 年に映画『記憶-少年院の少女たちの未来への軌跡』、2023年に『記憶2―少年たちの追憶と贖罪』を製作・監督し、全国各地で上映会を開催。法務省、弁護士会、保護司会などのイベントにも数多く参加している。その過程で全国のすべての少年院訪問を達成した。2020 年に著書『女子少年院の少女たち-「普通」に生きることがわからなかった』、2024年に『帰る家がない少年院の少年たち』を上梓。2020年に通信制大学を卒業し、高校教員免許を取得。現在、私立高校で社会科教員を務める。
-本作はコロナ禍をはさみ、5年の製作期間を要したとうかがいましたが、製作過程でご苦労されたことは?
2019年に製作した『記憶1―少年院の少女たちの未来への軌跡』は、映画を通して多くの人に意識を変えてもらい、社会を変えるんだ!と意気込んで取り組みましたが、協力者は見つからず、少年院の協力も難しく、本当にゼロからのスタートでした。それに比べると、『記憶2―少年たちの追憶と贖罪』は最初から寄付金も集まり、少年院も協力的でした。ただし映像編集の段階で法務省からOKが出ないシーンも多々あって、今回は編集に苦労したという感じです。
少年院を出院後、北海道の沼田町就業支援センターに入所するコウタ少年を撮影しようとしたら本人の様子がおかしく、新型コロナウイルスに感染していたことが発覚し、急遽取りやめになった、ということもありました。
出院後に闇バイトの再犯で逮捕されたワタル少年は、事件時は18歳、逮捕時に19歳になったため特定少年として成人同様に刑事裁判対象となり、2023年12月、『記憶2』の完成試写会の日に、懲役11年の実刑判決が下りました。彼は2年前の少年院仮退院時から取材し、その後もご家族にも協力をいただき、取材を続けていただけに残念でなりません。実名報道によってご家族は人目を避ける暮らしを余儀なくされています。製作過程では本当に思いがけない出来事が起きましたが、完成試写会にはワタルのご家族も来てくれました。
-監督は「社会を変えたい」という思いで映画製作に取り組まれておられますが、社会はどのように変わるべきでしょうか?
映画を撮りながら気づくことがたくさんありました。「出院したらどこに行きたい?」と聞くと、「自分が甘えられるところ」「自分を理解してくれる人がいるところ」と返ってきます。彼らにとっては、少年院の壁に守られていたときのほうが安心で、社会に出てからが大変で生きづらいんだと思い知らされます。彼らが社会に出て何かあったときには「助けて」と言える社会であらねば、と思うのです。
我々大人は、何も特別なことをしなくてもいい、普通に接すればいいのです。少年院帰りだからといって、生まれながらの悪人なんていません。彼らが安心して甘えられる、自分を受け入れてくれる人がいたら…と強く実感します。
-映画では少年たちが、聞き手の中村さんに心を開いて話をしているように見えました。彼らに胸襟を開いてもらうには、どうしたらいいでしょうか?
私は彼らと、かつての自分に重ねて接しています。昔の自分が会いたかった人のように、昔の自分がかけて欲しかった言葉で話そう、と。それでも、コウタ少年との最後の面会で「すえこさん、信頼してもいいですか?」と聞かれたときは、自分は試されている、と感じました。
彼は養父と実母から肉体的精神的虐待を受け、自殺未遂の後、児童相談所で暮らし、16歳の時、半グレ仲間に入って強盗未遂で捕まった子でした。「少年院なら安全で居場所があるから、出たくない」「犯罪やめろって言ってくれた友だちには会いたいけど、自分じゃあの子たちを幸せにできない」と口にしていましたが、法務教官の先生から「自分が幸せじゃなかったら他人を幸せにできないよ」と諭され、私も「コウタが幸せなら友だちも幸せに感じるよ、もっと人に甘えていいんだよ」と伝えました。
出院後は折に触れて連絡をくれるようになり、今でもつながれていることにホッとしています。人との関わりで大切なことって、やっぱり「愛」に尽きるんじゃないでしょうか。
―(再現ドラマで)お母さんが少年を叱責するシーンに心が痛みました。少年が非行に走る前に、親として何ができたでしょうか?
私自身の子育て経験で言えば、必ず実践しているのは、「一人ぼっちでご飯を食べさせない」「子どもの話はちゃんと聞く」こと。教員になってからは、ひとりの人間として対等な目線で生徒と向き合うことを心がけています。
―私どもの団体で上映会を開いたとき、会場の施設管理スタッフが、ふだんは何をやっているのか興味を示すような人たちではないのに終了後に「最初っから悪い子どもなんていないんだよな」ってポツンと話してくれました。子どもは悪い大人の甘い言葉に引きずられてしまうんですね。そういう子たちを取材してほしいです。
少年を騙そうとする大人は、少年がかけて欲しい言葉を、善人のフリをして与えるのです。本当にずる賢いですよね。よく「夜の福祉はすぐできるが、昼の福祉は2日かかる」と言われます。夜の繁華街では少女たちに食事と寝所とをすぐ与えることができるが、日中、居場所のない少年少女と出会っても行政では時間がかかるということです。
セカンドチャンスのメンバーに、詐欺で捕まり、少年院に4度も入った子がいます。彼は月100万円を荒稼ぎしていましたが、少年院に入っていた期間を含めて時給換算したら200円足らずで、「アホらしくなった」と改心したそうです(苦笑)。
少年たちの声に耳を傾けると、彼らだけの問題ではなく、その裏にある大人の問題でもあると痛感します。
―この映画をどういう人に観てもらいたいですか?
社会にいるすべての人に観てもらいたいですが、まずは教育や更生をテーマにした研修会や講習会のような場で上映していただければ、と思っています。とくに子どもにかかわるお仕事やボランティア活動をされている方にご観いただき、今の子どもの生きづらさを理解していただきたいですね。上映権を買っていただくカタチになりますが、個人の方でもかまいませんので、お気持ちがありましたらぜひ上映会を企画してください。
-今日はありがとうございました。
映画『記憶2―少年たちの追憶と贖罪』
前作『記憶―少年院の少女たちの未来への軌跡』に続き、Z世代の現代少年たちの心の闇と未来への光、将来の希望をインタビューや再現ドラマでつづり、少年院での矯正教育の様子や生活実態も克明に記録。法務省をはじめ関係団体の協力、多くの個人団体からの寄付、クラウドファンディングでの支援によって2023年12月に完成した。
https://nakamurasueko.com/kioku2.html
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(ストーリー)
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中村すえこ著『帰る家がない少年院の少年たち』 2024年8月 さくら舎刊
『記憶2』の内容に中村監督自身の思いを加えて詳細につづった力作。
定価1500円(税別)
全国書店・Amazon他通販サイトにて好評発売中。
インタビュー・文・写真/鈴木真弓
フリーライター
静岡市出身・在住
静岡県の地域産業、歴史文化等の取材執筆歴35年
得意分野は、地酒、農業、禅文化、福祉ほか